コロナ禍で読んだ本について その1後編
2020/08/16
この様に難しいノーベル賞級の論文を、「誰が読んでも理解できる」レベルにまで落とし込んで解説してくれる福岡ハカセが如何にして「ハカセ」となったかを、この本は遠い日々を思い起こさせる様なノスタルジックなエピソードと共に描いています。
内気で昆虫好きの福岡ハカセが子供の頃あこがれた虫は表題にもある「ルリボシカミキリ」でした。
その様子は「フェルメールをもってしても描き出す事は出来ないであろう、あざやかで深い青色」で「その青の上に散る斑点は真っ黒。高名な書家が筆につややかな漆を含ませて一気に打ったような二列三段の見事な丸い点。大きく張り出した優美な触角にまで青色と黒色の互い違いの文様が並ぶ」そうで、ちょっと見てみたい気もする自然の造形美なのだそうです。
それを図鑑で眺め続けては「いつか実物を見てみたい」と願い続けていた福岡少年はある年の夏の終わり、ナラの倒木の中にルリボシカミキリを見つけます。その青さたるや息が止まるほど美しく、しかも角度によって青色がさざ波の様に濃く淡く変化しました。
それを目の当たりにした瞬間、感動と同時に「なぜこんな青さがこの世界に存在しているのだろう」と言う疑問が湧いてきました。その答えを自分自身で見つけるべく、福岡少年は生物学者の道へと進んでいきます。
ここまで読むと「それは福岡氏が京都大学を卒業後、ハーバード大学医学部研究員を経験され、その論文が科学雑誌「ネイチャー」に掲載されるような頭脳明晰で優秀な方だからでしょ?」と思われるかもしれませんが、本書の肝はそこではありません。
君の好きなものが、たとえば鉄道だってそれは全然かまわない。君はきっと紙の上に点と線を書きつけて路線図を描くだろう。そのうち君は、ある鉄橋を渡る列車の写真を撮るために、地形図や時刻表を丹念に調べ始める。鉄道の歴史や廃線のあとを知るため図書館に行って本や資料を探す。
調べる。行ってみる。確かめる。また調べる。可能性を考える。実験してみる。失われてしまったものに思いを馳せる。耳を澄ませる。目を凝らす。風に吹かれる。そのひとつひとつが、君に世界の記述のしかたを教える。
私はたまたま虫好きが嵩じて生物学者になったけど、今、君が好きなことがそのまま職業に通じる必要は全くないんだ。大切なのは何かひとつ好きなことがあること、そしてその好きなことがずっと好きであり続けられることの旅程が、驚くほど豊かで、君を一瞬たりとも飽きさせることがないということ。そしてそれは静かに君を励まし続ける。最後の最後まで励まし続ける。
この部分、以前にテレビで朗読されているのを耳にして、いつか読んでみたいと思っていました。
4月16日から1ヶ月と1週間、教室のレッスンを休講にし、その間ほとんどの時間を自宅で過ごしていたのですが、こんなに自分の時間があるのは社会人になって以来、何十年かぶりの事でした。
テレビやインターネットはほとんどコロナ一色で、ネガティブで同じ情報ばかりの繰り返しに嫌気がさし、自動的にピアノと向き合う日々になりました。
何せ学生時代並みに時間があるので、中途半端で放置してあった自分の練習や勉強に腰を据えて取り組んでみました。
課題を決め、期日を設定し、この日までにこの箇所を弾けるようにする、と目標を明確にして練習を始めます。
最初はなかなか捗らずダラダラする事もありましたが、段々と学生時代の感覚が甦ってくるのが分かりました。
それは「練習はすればするほど確実に上達する」という感覚です。
また今はあの頃より少なくとも知識と経験は増えているので、上手く弾けなかった時も過程を振り返り「この箇所での身体の使い方」「和声の進行」「ペダリング」等々反省点や改善するべき点がよく見渡せます。
ひいては再認識したこれらの事が、レッスンに於いてもっと噛み砕いて伝えなければならない指導の反省にも繋がりました。
それになによりもピアノを弾いている時は、現実世界のよしなしごとを忘れる事が出来ます。
実際には毎日順調に上手くなっていく訳ではなく、一般の人が思っている「ちょっと練習したらすぐにCDの様に弾けるんだろ?」などという事は(例えプロであっても)あり得ません。
「あれ、昨日は弾けたのに今日は弾けない」から「どうしてここの部分だけいつまでも弾けないんだ!」まで毎回試行錯誤の連続です。
「もういいっ今日はやめだやめだ」なんて日もありますが、そのままにしておくには気になるし、何より悔しい。
福岡氏はそれを「センス・オブ・ワンダー(世界はなお謎だらけ)」と表現していらっしゃいます。
why何故どうしてを解明したい、それが学びの希求への出発点であるとも書いています。
生きている中でどこか心惹かれ、それをもう少し深く知りたいと思える存在があることは僥倖です。
それはきっと外野が何を言おうとも、その人をその人たらしめる要素の一つとなるでしょう。
ここは音楽教室で、私が提供できるものは音楽に関する事しかありませんが、生徒さん達が教室を通じて彼ら彼女らの「センス・オブ・ワンダー」を見つけていってくれると嬉しいです。
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